ひねもすあなたとよもすがら

ひねもすあなたとよもすがら

帯文より
【藤崎作品初のファンタジーとして根強い人気】
「あなたの人生の一日だけでいい……俺にください」
 山の神への供物として捧げられた少女キエ。村長に神を探すよう山へと向かわされるが、恐怖のあまり山道の途中動けなくなってしまう。そんな彼女に声をかけたのは、水を操ることが出来るという人外だった。キエはその人外を水神と呼び、彼の住処に住まわせてもらうことになる。そして、水神が村の危機を救ったことにより二人の仲は深まっていく。しかし幸せな時間は長く続かず、村人に恩を仇で返された水神は最愛のキエを失う。長い年月を一人きりで過ごし、悲しみに暮れる水神。ある日、キエの匂いを感じて籠っていた住処から出てくるのだが……その匂いの先にいたのは——。

作品内容(本文抜粋)

 婚礼の日を迎えたキエの足は思うように動かない。この草木を踏みしめて、夜が明けるまでにもっと先へ進まねばならないというのに。そこかしこが黄ばんで、虫食いだらけの白装束に身を包み、足袋を土で汚した花嫁は、涙を流しながら山の小道で立ち尽くす。
 キエは供物だった。度重なる干ばつ、それに伴う飢饉、そして終わらない人間同士の戦。飢えと渇きに苦しみ、不安に押しつぶされた村人がとった行動は……人身御供。身寄りのない少女を生贄に誂えて、神の花嫁として捧げたのだ。
 獣の唸り声が響く山道で、すすり泣く彼女に声をかけたのは、長く真っ白な髪をなびかせた、美しい人物だった。

「こんな夜更けにいかがなさいましたか?」

 その白い髪の人物は、ただひたすら泣き続けるキエに小さく問いかける。

「お困りのようでしたら、俺の住処に来ませんか? 夜が明けたら麓まで送って差し上げよう」

 助けてくれた白い髪の人物が水を操れると聞き、キエはこの人が山に住む水神だと確信する。そして、村のために神の花嫁として捧げられたことを彼に話した。

「神様……俺が? ふっ……ははっ。そんな恐れ多い。俺は名無しの……ただの化け物だ」
「なぜ名をお持ちでは無いのですか……?」
「呼んでくれる人がいなければ不要だろう? それともキエがつけてくれるかい?」
「私が!……いいのですか?」
「もちろん、キエにつけてもらいたい。呼ぶのはキエ、おまえだけなのだからね」

 幼き日の思い出を手繰り寄せながら、自らを化け物と呼ぶ彼に名前を付けるキエ。その名前の礼に、本物の神様が見つかるまで彼の住処に置いてもらえることになる。そうして始まった二人の生活は想像以上に楽しく、手離せないほどの幸せに満ちていた。
 その後も神様は見つからず、村を案じるキエ。彼はキエのその様子を憂い、山の湧き水を村へ導水し、山の穀物や動物を分け与えた。それで皆が幸せに暮らせるはずだった。

 穏やかな生活を手に入れた村人たちの胸に少しずつ、ある思いが芽生え始める。

「キエを囮にしてあの化け物を捕まえればこの村は安泰だ!」
「化け物を使役してやろう……そうしないと他の村にあの便利な化け物を取られちまう」

 村人たちの浅ましさが二人の優しい時間を引き裂く。

 ようやく手にした温かな生活と最愛の少女を奪われた彼は一日中考える。
 ——キエに会いたいキエに会いたいキエに会いたい
 悲しみに暮れる彼は山の住処に籠り、キエと一緒に植えた桜の木を眺めて過ごした。一人きりの花見を何十回と繰り返すうちに彼は、桜が咲くころに目覚め、桜が散るたび胸を痛めながら眠りにつく……そんな生活をするようになる。
 
 ある日、彼は懐かしい匂いを感じとる。縋りつくように、それを辿っていくと見知らぬ集落に出た。そこで彼はみつけるのだった。

「キエの匂いがする……あの子だ。あの赤子から……」

「どうして……俺たちはただ静かに仲良く生きていきたかっただけなのに……」

「異種族では幸せになることなど不可能なのか……」

 孤独に蝕まれていく彼は、何度も生まれ変わる彼女を探し続ける。そして……彼女の幸せを心から願う彼がとった行動とは——

不器用で稚拙で……頑なな彼の想いはどこへゆくのか