惚れ薬

惚れ薬

帯文より
【はじめての短編集】
「きみをもっと夢中に」
木枯らしの吹く冬の公園で、放課後の美術室で、いつもの帰り道で……。今日こそ君を捕まえて、この惚れ薬を飲ませてやるのだ。——ただの大好きじゃ足りない。ちょっぴり欲張りな登場人物たちが仕掛ける甘くて苦い恋の罠を描いた6編の短編小説。この本を手にしたあなたもうっかりハマらないようご注意を。

【目次】
ロイヤルミルクティー
優しくないよ
黒い白猫はみゃーと鳴く。
呆れるほどに君が
だって、たぶん
そんなんでいいの?

作品内容(「優しくないよ」より本文抜粋)

「観月君ってなんでよく知りもしない私なんかに、ここにいていいって言ったの?」

 素朴な疑問を口にしたら、観月君は宝石の如く美しい瞳で真っ直ぐに私を見据えた。

「どうしてそんなこと聞くの?」
「どうしてって……前から気になってたから」

 だってそうでしょう。私は美術部員ではないし観月君と仲が良いわけでもない。そんな私が何故ここにいることが出来ているんだろう。誰にも邪魔されないサボり場所をくれたことに感謝している反面、あまりにも共通点がなさすぎて観月君の優しさが怖くもなる。
 私の質問を受けて、観月君はとても綺麗に笑った。

「僕は気に入ったものは傍に置いておく主義だからね」
「……え?」
「誰でもよかったわけじゃない。空気感が重要だったんだ」
「空気感……?」
「僕の空気を乱さない人」

 観月君の言葉はなんだか抽象的で、凡人の私にはよく分からない。観月君の空気を乱さない人。つまりそれが私だったと、そういうことだろうか。なんの取り柄もない凡人代表の私が、観月君の空気感テスト合格者だったと。——へぇ、なるほど。審査基準が全く分からない。

「自分の気に入ったものを求めるのはいけないことかな?」
「え、いや……いけなくないけど……」

 それはそうとしても、観月君には何の得もないのでは、と思うのだ。
 私は本当にただここにいるだけだ。空気みたいな役割でも必要なのだとしたら、やっぱりそれは他の誰でもいいんじゃないかと、そう思うのだ。

「意味が分からないって顔してるね」
「あ、えと……はい。なんかごめんなさい」
「謝る必要はないよ」

 観月君は微笑んだ。

「ずっと思ってたんだ。僕たちは似ているね」

 一体何が似ているのかと、私は必死で考えを巡らせる。
 そうですね、と頷くのがいいのか。似ているだなんて滅相もございませんと否定すればいいのか。考えても結局分からないから、私は即座にぎこちなく笑い返した。……さぞかし微妙な表情だったんだろうなと思う。観月くんは何も言わずに少しだけ目を細めた。

 観月君と同じ空間にぼんやり存在していることが私は好きだった。
 夕日が差し込む部屋で観月君が本のページをめくる音を聴きながら目を閉じて寝たふりをして。時折気付かれないようにそっと観月くんに目線を移して、私はこっそり微笑むのだ。
 何も言葉を交わさなくても、ただそこに存在していることだけで良かった。聞こえるはずのない二人分の鼓動に耳を澄ませると、安心感が私の胸を満たした。

この薬を飲めば君はきっと笑ってくれる。それ見て、僕もまた笑えるんだろう。