LOSKA

Loskaーロスカー

帯文より
【小説家・藤崎総悟が大切な人へ贈る恋愛小説】
「春になったらこの森を出て、一緒に日本へ帰りましょう」
小説家・藤崎総悟はオーロラ観測のために訪れたスウェーデンの森で遭難してしまう。降りやまない雨雪に凍え朦朧とする意識。自らの命の終わりを感じたそのとき、どこからか澄んだ歌声が聞こえてきて——。真っ白な雪の妖精が目の前に現れた。名前は雪奈。命を救ってくれた雪奈に一目惚れをした藤崎はスウェーデン滞在を延長し、雪奈と共に暖かく幸せな生活を始める。しかし、心の底では分かっていた。この雪が溶ける頃には彼女は消えてしまうということを……。今のままが一番幸せか、その先を求めるべきか。溶けかけの雪のように繊細で柔い純愛ラブストーリー。

作品内容(本文抜粋)

「おやすみなさい、総悟さん」

 そう言って部屋を出て行こうとする雪奈の手を、ベッドから身を乗り出して掴んで引き留めた。

「雪奈」

 こちらを振り返った雪奈は、少し驚いたように蒼い瞳を見開いた。

「ふふ、総悟さんったら。そんな怖い顔してどうされたんですか?」
「雪奈……また、帰ってくるんですよね?」

 どうしてそう思ったのかはわからない。
 ただ……今ここで見送ったら雪奈は二度と戻って来ないのではないか。分厚い雪雲のような不安が胸の内に広がってきて、雪奈の腕を握る手に力を込める。
 冷たい美しさをたたえた雪奈の瞳はまるで池に張った氷のようで、真白の睫毛に縁どられたその中に映った僕の姿はぼんやりと頼りないものだった。
 待って、まだ行かないで。何か楽しい話をしよう。そんな顔しないで。胸がぎゅっと苦しくなって僕は慌てて次の言葉を探す。でなければ、雪奈はもう部屋を出て行ってしまう。

「……もしも明日、急に春が来たら雪奈は何がしたいですか?」

 雪奈からの返事はない。僕は構わず言葉を続ける。

「僕は雪奈と、この森を出たいです」

 手を繋いで森を出て、色んな場所に行って、たくさん美味しいものを食べて。香りのない氷の花ではなく、本物の花を雪奈に見せてあげたい。

「この雪が溶けたら、一緒に日本に帰りましょうね」

 馬鹿げたことを言っているのは分かる。だけど、そんな日は来ないなんて思いたくない。

「日本に帰ったら雪奈に見せたいものがたくさんあるんです」

 僕は黙ったままの雪奈に微笑みかけ、努めて明るい声を出す。

「僕の住んでいるマンションの近くに美味しいパンケーキのお店があるんですよ。真っ白な粉砂糖のトッピングが特徴で……運んできてくれた時に店員さんがその場でかけてくれるんです。僕それを初めて見たとき、粉雪みたいだなって思いました。今思えばあのときから雪奈と出会う運命が決まっていたんでしょうか。……なんてちょっと夢見がちすぎますかね。見た目だけじゃなく味も素晴らしいのできっと雪奈も気に入ると思うんです。予定が合えば僕の友人も誘って行きましょう。雪奈のことをみんなに紹介したいです。ああでも雪奈の美しさにみんなが惚れてしまわないかとても心配ですね……。できることなら、誰にも見せたくないというのが僕の本音です……でもそれ以上に……雪奈の周りはいつだって笑顔が溢れる暖かな場所であってほしいって思うんです。だから、だから——……」

 伝えたいことがたくさんあるのに、声が震えてしまってその先は上手く言葉に出来なかった。

「雪奈……約束です」
 
 確かめるように、祈るように。僕は雪奈の瞳を真っすぐに見据える。

「……はい、約束ですね」

 純白の雪が舞い落ちる様な優しさで、雪奈はふわりと微笑んだ。

——そう……貴女はいつだって。触れれば消える、雪のように。