野獣の宮殿にて…
翌朝彼が目をさますと、父親は窓ごしに外を眺めて、ゆりかごのように咲き乱れたバラを見ると、すっかり目を奪われてしまいました。大広間のテーブルの上にあったココアを飲んで、連れてきた馬の世話をしようと馬屋に向かう時、さっき窓ごしに見えた咲き誇るバラ園を通りかかったので、ベルが自分にバラが欲しいとおねだりしたのを思い出して、いくつか花をつけている木をえらんで、その一枝を折って取りました。
するとそのとたんに、ものすごい音が鳴りひびいて、おそろしい顔付きをした野獣が彼のほうへ近づいてきたので、彼は気が遠くなるほどびっくりしてしまいました。
「おまえというやつは、なんていう恩知らずだ」とその野獣が父親に言いました。
「わたしはおまえの命を助け、この城へ迎えてやった、それなのに、おまえときたら、わたしがこの世でなによりも大切にしているわたしのバラを盗んで、わたしを悲しませるようなことをするんだからな!このあやまちを償うには、死んでもらわなければならん。けれども、神にお許しを乞う時間を、ただ十五分だけ待ってやろう」
父親はひざまずいて、両手を組み合わせて野獣に言いました。
「ご城主さま、どうかわたくしをお許しください。わたくしがバラを折ったのは、あなたを傷つけようなんて気持ではさらさらございませんでした、ただわたくしの娘のひとりが欲しがっていたので」
「わたしはご城主さまなんて呼ばれるほどの者じゃない」とその怪物が言いました。
「ただの野獣だよ。おまえがそんなお世辞を言ったからって、いい気になるなんて思ったら大まちがいだぞ。けれど、おまえには娘がいると言ったな。おまえの娘のうちだれかひとりが、おまえの代わりに喜んでここへ来て死ぬ、と言うんなら、おまえを許してやってもいいぞ。グズグズ言わずに早く行け、そして、もしおまえの娘たちがおまえの代わりに死ぬのが嫌だと言ったら、三か月後に必ず戻ってくると誓うんだ」
父親がそのとおりに誓いを立てると、野獣は、いつでも好きな時に出発してもいいぞ、と父親に言いました。
「それにしても、おまえだってみやげもなしで手ブラで帰るわけにもいくまい。おまえが休んだ部屋へ戻ってみなさい。部屋には大きな空の箱がある。なんでも、おまえの好きなものを好きなだけその箱へ入れるがいい、おまえの家までその箱を届けるように計ってやるから」
こう言うとすぐに野獣は向こうへ去っていきましたが、父親は心のなかでこんなことをつぶやきました。
「いずれわたしが死ななくてはならないんなら、せめてもの慰めに、かわいそうな子供たちに、なにか食べるものを残していってやらなければ」
父親が部屋へ戻ると、金貨がザクザクあるのを見つけたので、さっそく野獣が自分に話していた例の大きな箱いっぱいに金貨をつめ込み、箱を閉め、馬屋へ行って馬を引き出し、この宮殿を出ていきました。けれども父親の心は、この宮殿へはいってきたときに感じていた喜びとは逆の悲しみにみちていました。
◯ 待てど暮せど帰ってこない父親になにかよくないことがあったのでは…と不安でいっぱい、心配でたまらない優しい娘としての心情を吐露しましょう