金魚鉢
帯文より
【一時のスランプを抜け出すきっかけになった作品】
「夫がね……残してくれたの」
隣人の陽菜は、広瀬が中学生の時から親しくしていた年上の友人だった。彼女が未亡人になったことで広瀬の気持ちに、いままでとは別の感情が混ざるようになっていく。彼女と友人以上になりたい……そんな思いが抑えきれず広瀬は、陽菜に自身の思いを告白しようと決意する。夫を愛しすぎている陽菜と、彼女に惹かれ続ける広瀬。二人の思いは重なるのだろうか。
作品内容(本文抜粋)
広瀬は手渡された金魚鉢を呆然と眺めていた。赤い金魚が少し濁った水に揺らめく。これをどうしろというのか。大切に育ててくれとでも?陽菜の意図がわからず、いや……本当はわかっていた。だからこそ何も言えなかったのだ。
――10年前
記録的な猛暑が続いた8月の夜更け。自宅の庭先で空を見上げていた中学生の広瀬に、隣人の女性が声をかけた。彼女は芳野陽菜。数日前に広瀬宅の隣に越してきた若妻だ。
「流星群って……いつだっけ? 広瀬くん知ってる?」
ベランダから半身を乗り出して見下ろす陽菜の表情は、室内灯の逆光で確認することができなかった。それでも、陽菜の軽やかで明るい声を耳にした広瀬は素敵な人だと感じた。
「え……あ、えっと……流星群……。ペルセウス座流星群……のことですか?」
突然降ってきた声に驚きながら、躊躇いがちに広瀬が尋ねる。
「ペル……ペルセス……? 名前はわかんない。でも……流れ星が見えるんでしょう?」
「そうですね……今年は13日から15日にかけて流星がたくさん流れやすいんですよ……」
この日以降も、顔を合わせるたびに広瀬へ話しかける陽菜。だんだんと広瀬はその屈託のなさに心惹かれていく。もちろんそれは隣人の優しいお姉さんという意味合いで。
「私、広瀬くんと話するの好きだな! 私の知らないことたくさん知ってて楽しい」
「僕も……えっと……俺の話をじっくり聞いてくれて嬉しい……です」
「じゃあさ……広瀬くん、私と友達になろうよ! 隣人さんからお友達に昇格!」
そうして二人の友情が揺らぐことなく、穏やかに10年が過ぎていく。
ある日、陽菜が突然未亡人になったことで広瀬の気持ちに波紋が生まれる。水面が凪ぐことはなく、少しずつ陽菜への新たな想いが募っていく。
そして……膨らみ続けた広瀬の思いを陽菜へ告白したことで、衝撃的な展開へ——
未亡人への愛を抱き続け、迷走しながら彼は……濁りの果てに透明な愛を探す。